甲斐間諜すぺしゃる 前編

元亀三年 四月五日 雨 佐吉

いつもは小六の親分の隣でいつもにこにこしている将右衛門さんが、
いきなり廊下で話しかけてきた。無口な人だったのですごいびっくりした。
それも、いきなり紙を片手に数字を読み上げだした。

「願いましては・・・8,343貫なり、7,111貫なり、17,998貫なり、98,998貫なり、
 903貫なり、765,029貫なり、736,767貫なり、99,276貫なり、738貫なり、
 9,008,134貫、掛けることの34倍・・・では?」
その程度の計算はわけはない。
「三億六千五百二十七万二千九十八にござります」
将右衛門さんはじっと紙をにらみつけていたが、こっちをみて、
「決まりだな」と笑った。
いつものにこやかな顔とちがって、ちょっと凄みのある顔でこわかった。

元亀三年 四月十日 くもり 佐吉

いま、信濃の国の飯田にある安宿でこの日記を書いている。
周りには、将右衛門さんと大道芸人の子供たちが数人・・・

四日前・・・将右衛門さんがとのの前にぼくを連れて行き、いきなり
「佐吉をこたびの甲斐への間諜の伴にしとうござる」
とか進言し、なんとぼくはにわか間諜になってしまった。
で、そのまま忍び込むのはまずいということで、大道芸人の一座を作った。
で、ぼくの役割は
「日ごろはうそのろだけど、計算だけはどんな難しいものでもやってのける子供」
みんながとんだりはねたりする中で、
ぼくだけ鼻を垂らし涎をこぼし、金玉をかきながらぼおっとする。
ああ、うすのろの役って難しい。
伊勢や尾張あたりではぼくの賢さがばれて石を投げられたが、
奥三河や信州に入ってからは、かっさいをあびるようになった。

そうそう、将右衛門さんはなんか穏やかなお城の毎日と違って
、毎日目をらんらんと輝かせながら猿回しをやっている。
その猿に「とうきち」と名づけているのは狙ってるのかどうなのか。
で、夜になるとぼくらを寝かしつけてから闇に消えていく。
小六さんや将右衛門さんは川並衆とかいう独自の集団をもっているらしいが、そのへんを活用してるのかな?

ちょっと毎日が楽しい。甲府まではあと3・4日かかるらしい。

元亀三年 四月十日 くもり 加藤虎之助

将右衛門殿の供となり、旅の一座と偽り信濃に潜入している。
俺の役割は火縄銃で的を射抜くことだ。火縄はなかなか楽しい。
この大型火縄を振り回し、的を射抜くのはなかなか好評だ。

夜、厠へ行くと将右衛門殿が周りを見渡しながらコソコソと出かけていった。
これは何かあると思い、声をかけると「うお!虎か…このことは黙っておくか?」
と聞くのでとりあえず「黙っておきまする」と答えたら
「お前は稼ぎが良いから連れてってやろう」と言った。

ああ…アレは忘●ることがで●ない…。
思い出し●ら鼻血が出てきた。もう寝るとする。

元亀三年 四月十四日 晴れ 佐吉

今日は諏訪の神社の前で一日中大道芸をして、ぼくも得意の計算で場を盛り上げた。
でも途中でいきなり顔の青白い、でも筋骨隆々とした30前くらいのおにいさんが
「がきんちょやるなあ、でもわしには勝てまい」
と偉そうなことを言ったので、
「じゃあ二人の戦いにしましょう」とぼくから持ちかけて計算合戦をした。
5けた、6けた、7けた、加減乗除・・・
結局日が暮れるまで勝負がつかなかった。おにいさんは、
「がきんちょ、おまえただもんじゃないだろ。
 俺は黒鍬の藤十郎。機会があったらまた会おうぜ」
とかっこつけて去っていった。ふと気がついたら客もおらず、仲間は路上で座ってた。
「おまえの芸は、ツマくらいならいいけど、主役でやっちゃあ受けないよなあ」
と将右衛門さんが困ったような笑いをして声をかけてきた。
後ろで虎之助がにがわらいしてた。

元亀三年 四月十五日 晴れ 佐吉

徳川さんを見るとなぜか鳥肌がたつ。

元亀三年 四月十六日 雨 佐吉

漸く甲斐に潜入した。何か暗いムードが漂ってる。
噂は本当かもしれない。軍勢も退却して来てるらしいし。
僕はもうこの辺で引き返したくなったが、将右衛門さんは
まだ納得しない。つつじヶ崎館まで行かないと駄目だと言う。
こっそり逃げてしまおうか。大体忍とかスパイとかは嫌いだ。
戦は正々堂々とするものじゃないのか。大大名にも関わらず、
こんなこすい真似をするようじゃお屋形様の天下布武も
先が危うい気がする。というわけだから織田家の威信を守るために
僕は勇気ある撤退をするのだ。さあ、逃げよう!

元亀三年 四月十七日 曇りのち雨 佐吉

いよいよ逃げることにする。少し後ろぐらいが仕方ない。
人には向き不向きがあるものだ。僕は頭を使った仕事が好きなのだ。
将右衛門さん達は味噌汁に混ぜた鴆毒が効いて
まんまと昏睡している。ごめんね。
…記憶をたどりながら山道を必死に走っていると、
前方に人がしゃがんでいる。何だろう。近寄ってみると
若い娘さんだ。しかも美人だ。体つきもふんわり柔らかそうで
お葉にはない魅力を感じる。何だろう、この股間のざわめきは。
「どうしました?」と声を掛けてみた。その途端、
がばっと抱きつかれた。おっぱいが気持良かった。
あまりに気持良くて眠たくなった。眠たく…

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