甲斐間諜すぺしゃる 後編

元亀三年 四月十七日 雨 紀ノ助

外は小ぬか雨が降っているが、それにもかかわらず湖の向こう側が激しく燃えている。
また堅田や坂本あたりで戦になっているらしい。
佐吉や虎がいなくなってしばらくたつ。将右衛門さんもいないところをみると
どうやらどこかの偵察に連れていってもらってるらしい。
なんか自分だけ取り残されてる感じを最近すごく感じる。
ぼくの病気、どうしたら治るのかな。

夢を見た。武田との合戦だ。場所は関ヶ原。ぼくは総大将。
我が軍の先陣は市松と虎之助。遊撃部隊に孫六、
本陣の守りは助作さんだ。
そして、ぼくの傍らには補給と各部隊の連絡をこなす佐吉がいる。
ぼくが佐吉のほうをむくと、にこっとほほえんだ。
さあ戦だ、ぼくは軍配をふりかぶる・・・

ここで目が覚めた。なんか悔しくて、すごい泣けてきた。

元亀三年 四月十八日 晴れ

今日は織田方の間者とおぼしき若者を捕まえたというので、
皆と示し合わせて一芝居打ってやった。まんまと信じた模様。
お屋形様は無論息災。しかし人相見に凝っているのだけは本当だった…。
あの若者侮れぬやも知れぬ。…しかし昌輝兄者は少々演技過剰で
あったが…もしや…。

元亀三年 四月十九日 曇り 前野将右衛門

佐吉がいなくなってしまった。
とのお気に入りの彼をおいていっては私も大目玉なので、連れてきた川並衆を使って
捜索しているがまだ見つからない。困った。
やれやれ、人に仕えるのもめんどいわい。

そもそも佐吉と虎之助を選んだのは、どちらかに信玄の近くに近づかせるためだった。
中性的でかつ怜悧、でもちょっと幼いところのある佐吉と、
自分は男の子だって突っ張り方がまたかわいい虎之助と、
わざわざ2タイプ用意していったのに、こんなことになるとはなあ。

元亀三年 四月十九日 曇り 佐吉

うとうとしてると、野良犬が部屋に入ってきた。
かわいくない、むしろむかつくと思ったら、顔が増田くんに似ていた。
気持ち悪いと思ったら、増田くんに似た犬が喋り始めた。
聞くと、忍術で犬に化けて助けに来たらしい。
喋り終わると、舌を出してハァハァいいはじめた。
本当に犬みたいだと思っていたら、突然袴に噛み付いて引きずり下ろされた。
増田犬は、「助けに来たお礼にいいだろうハァハァ」と言ってむしゃぶりついてきた。
僕が必死になって抵抗してると、増田犬が、宙を飛んで壁に叩きつけられた。
増田犬はキャインと吠えて動かなくなった。
ふと入り口に目をやると、巨大な熊が仁王立ちをしていた。部屋がとたんに獣臭くなった。
体に重いものがのしかかって来た。その熊はいつのまにか蛸入道に変わっていた。

その後は覚えていない。どうやら夢らしい。
なんでよりによって増田君が来るんだ。まるで悪夢だ。


夢なのに、おしりが痛いのはなぜだろう。

元亀三年 四月二十三日 晴れ 佐吉

逃避行もついに終り、やっとおうみの郷へ帰ってきた。
天気もよくて、陽の光を反射するびわこの水面がすごくきれいだ。
「帰ってきたんだ・・・」
とめどなく涙があふれる。いろんなことがあったなぁ・・・
きれいなお姉さんのおっぱいみたり、ブサ男に犯されかけたり、
増田くんに似た小面憎い犬がいたり。よもや全部いい思い出だ。
回想にふけってると急に後頭部にきょうれつな衝撃が走った。
もんどりうって、その方向をみると虎之助が手に木刀を持って立っていた。
おや?なんで虎之助が?眼には涙があふれている・・・

どうやら急にいなくなったぼくを探してるうちに
一行は結局ぼくより先におうみに着いたみたいだ。

「お前・・・心配したんだぞ・・・
 どこにいってたんだよぅ・・・お前いなくなってオレ・・・オレ・・・
 うわぁーーーん!!!」

虎はおかまいなしに号泣した。ぶとうはでならしてるだけあってその声はけたたましく、
そばにいた野うさぎがびっきりして、茂みにかくれていった
ひとしきり泣いた虎は
「お前がかえってきたらくわせてやろうって思ってたものがあるんだ、
 腹減ってるだろ、うちこいよ」
とぼくにいった。なんだろうと、虎の家へいくとすごくいいにおいがしてた。
「これだよ、お前これ好きなんだもんなぁ」
そこにはまばよいばかりに銀色に輝くおかゆが!!!
そうなんだよ、ぼくはこれがあればいつだってさいこうなんだ!!!

かゆ

うま

あんまりお腹減ってたから鍋ごと空にしちゃった。でも虎は
「そんなこともあろうかと、まだ作っておいたんだ。
 食べてくれ佐吉。
 さっきはいきなりごめんな、おもいのほか元気そうなお前見てつい・・・」
「ううん、虎・・・ありがとう」
「ありがとう、か・・・いい言葉だよな」
ぼくたちはだきしめあったんだ。これまでのこととか関係なかった。
虎は力が強くてちょっと痛かったけどでも、そんなことは問題じゃなかったんだ・・・!
「虎・・・いただきます!」

「!?」

一口食べるとそれはもうものすごく辛くてのどがやけるようだった。
そのときずっとふすまの向こうにかくれてた市松が現れて、ぼくのお腹を集中的に蹴りだした。
うすれゆく意識の中で市松がぼくにゆった言葉が耳から離れない。

「調子にのんなよ、佐吉のくせしやがって」

元亀三年 四月二十四日 曇り 佐吉

増田くんに似た犬が夢に出てきたと思ったら、本当にいた。
びっくり、そして気持ち悪い。
増田犬はぼくのおしりの匂いばかりかいでいる。
ぼくのおしりはそんなに臭いのかな。虎の変なおかゆと市松がお腹を蹴ったせいだ。
ぼくのおしりの匂いを嗅いでた増田犬は、おちんちんを立てていた。変なの。

元亀三年 四月二十五日 曇り 佐吉

僕がせっかく手に入れた情報を、大人たちに伝えても、誰も本気になってくれない。
それどころか、虎や市松にも馬鹿にされた。悔しい。
おまけに、増田犬もせせら笑っていた。気のせいかもしれない。
ムカついたので、腹を蹴ろうとしたら、急に逃げられてしまい、尻餅をついた。
遠くで虎と市松と増田犬がこっちを見てせせら笑っていたようだった。
くそ、何で誰も僕の手柄を認めようとしないんだ。
あんまり悔しくて、その晩枕を濡らした。

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