虎之助三河へ 後編

元亀三年 十月一日 佐吉

はつもののほしがきを食べた。あますぎてのどが痛くなった。
お虎は元気にしているかなあ。
さるどしうまれとといぬどしうまれはなかが悪いといわれて、
たしかにぼくとお虎はそのとおりだったけれど
でも、もしこのままお虎がかえってこなかったら・・・・と考えたら
めまいがして目のまえがくらくなった

元亀三年 十月三日 佐吉

朝、起きてみたら横山城じゅうおおさわぎになっていた。
なんでも、偶然哨戒にかかった男を足軽どうしで遊び半分で取り調べたら、

浅井備前の守どの

十月十日を以て出陣する腹積もりにて候。
貴公のご苦労いかでかとかねてよりお察し申し上げ候も、もう暫しのご辛抱なり。
貴公には宜しく城を護り、時におたの兵をかきみだしおくべく願いたてまつり候。

                                徳栄軒

ようやく小一郎さまが足軽からその手紙を奪い取り、
「かようなニセ手紙ごときで、おみゃーらは何を騒ぎたてとるんか」
と一喝したが、誰も信用していないし、
小一郎さま自身がせかせかと早馬を岐阜に出したり、
自身も虎御前山のとののとこまで馬をかけたり、
日ごろ落ち着いている人にしては尋常ではなかった。

元亀三年 十月三日 福島市松

なんか今日は場内が騒がしかった
徳栄軒どのがどうとかこうとか・・・
徳栄軒ってそばやの名前かなあ。

元亀三年 十月五日 佐吉

久しぶりにけいさんを間違った
そろばんの珠がうまくうごかなかったみたい
よく見たらちぢれた毛がはさまっていた

元亀三年 十月六日 福島市松

きょう、増田のやつが佐吉のそろばんで変なことをしていた
あまりにもむかついたので、おもいきり殴ってやった
「もう、やらないからゆるしてくれ」とか言ってたのでゆるしてやった

よるに、ちちうえにはなしたらあおざめていた。

元亀三年 十月八日 加藤虎之助

いま、こもをかぶって子供の乞食になって武田の諏訪原城の前にいる。
目の前の台地には一面茶畑が広がっている。
遠江に来てはや一週間。浜松城では食べ物、着る物すべてすごいいいものが出ていたが、
昨日朝いきなり大久保さまに「そろそろ武田方の城が見たいだろう」といわれ、
「はい!」と勢いよく答えたら、「君なら武田にツラも割れてないし、ついでに物見も」
ということになってしまった。

たしかにもともとの山を生かした土塁や堀はすごいが、なんかすごい数の足軽が城の周りを
見回ってて、ちょっとこわい。
うわっ、なんか足軽が5人くらいこっちに近づいてきた。やばい・・・

元亀三年 十月八日 佐吉

こっそり虎之助の下駄をはいてみた
高いなあ!目線が高いと世界がちがって見える
はやくおとなになりたい

元亀三年 十月九日 加藤虎之助

武田の足軽に城内につれていかれた。
5人も居たので逃走は不可能と判断して仕方なく、ついていった。


足長坊主はどうみても衆道です。ありがとうございました。

元亀三年 十月十日 加藤虎之助

体育の日だ。
三河の人たちはしきりに「やらまいか」といっている
体育の日だから体のけんさをするぞといわれて
ふくを脱がされてよつんばいにさせられた。
年をきかれたので十一だと答えたら
ウソをついているなその体格十一にはみえぬと
おこられて罰として尻に何か入れられた
痛かった。肛門から血が出た

元亀三年 十月十日 加藤虎之助

まだ暗いうちに目がさめてしまった
汗をかいてる
なんだかいやなゆめをみたようだ

ゆめは思いだせないけどなぜか尻がいたい

いやなよかんがした

元亀三年 十月十二日 加藤虎之助

最近ほろ武者がよくお城に駆け込んでくるが、今日は鎧も美しく、馬も体もすごく大きい。
見たら前田又左さまだった。声をかけると、
「おお、佐吉か。信玄坊主が来るぞ。体を鍛えとくか、逃げるかどっちかしとくといいぞ。
 いくら智恵があっても実際に敵と槍合わせしたらどうにもならんからな」
と白い歯を見せて本丸のほうへ駆け去っていった。
「天地に正気あり!」と怒鳴り返したら、遠くから大声で
「うちのトノさんもいろいろ暴虐しとるからなあ。その理屈だとだめかもなも」
と笑い声とともに返ってきた。

元亀三年 十月十三日 加藤虎之助

又左さんに逃げる準備をしたほうがいいといわれたので
まい朝にぎりめしを作ることにした
残ったご飯はおかゆにした。おいしかった
いくさになったらおかゆどころではなくなるんだろうなあ

元亀三年 十月十四日 佐吉

市松がでっかい桶をいっぱい持ってきた
何かの役に立つだろうしいざというときはこれに乗って逃げるそうだ。
人は何を考えてるのかわからないもんだ。

元亀三年 十月十五日 佐吉

今日はひさしぶりに城の外にでてみることにした。
風が強くて大谷くんの匂いが少しただよっていた。もうすぐ冬がくるなぁ。
一里ほどあるくと変な声が聞こえてきた。げはは げはは 
あのときの坊主だった。必死で逃げたけど追いつかれた。
あまりのきょうふに気を失った。おしりが痛い

元亀三年 十月十六日 佐吉

おしりが痛いけど、いよいよ戦がほんかく的になったきた。
じょうないもあわただしくてぴりぴりしている。僕のおしりと同じだ。
虎之助が帰ってこなくて市松の顔がすこしだけさびしそうだな。
でもうさばらしに、相撲とらされるのはちょーだるい。

元亀三年 十月十八日 くもり 加藤虎之助

ついに武田と徳川のおおいくさが始まった。
信玄が遠州平野の入口にある二俣城を攻撃しているとの知らせ
が入ったのだ。

で、俺はといえば今は浜松の大久保さまのお屋敷にいる。
俺に一番歳の近いご当主の末の弟と顔をつき合わせることが多いのだが、
こいつが小さいくせに生意気だったので、ついなぐりたおしてしまった。
そいつはよろけながらも起き上がって、涙声で
「俺のが年上だし、この家の当主の弟なのに、殴るとは無礼な!」
とかいうので、今度はけり倒したら、泣きながら逃げていった。

その後みんなで晩飯を食べていると、ご当主の七郎右衛門さまに
「虎之助君はげんきでやんちゃだそうだな。わしの末の弟も、
 根性はあるのだがけんかが弱くていかんわい」
と笑いかけられた。さすが三河は尚武の気風、けんかで当主の弟を泣かして
も笑って許してもらえるのだな。

と思ったが、ごはんのお代わりをしようと女中さんにおちゃわん
を出したら、 目を伏せられて拒まれた。

つぎをみる