増田島流し編

元亀三年 十月二十九日 晴れ 加藤虎之助

大体この時期はじめじめする湖北と違って、遠州の野はきれい
に晴れ渡って、強い風が吹いている。
でも、その野のほんのちょっと向こうでは、信玄坊主が3万も
の軍勢を引き連れて二俣城を包囲しているんだよな。

なんか最近は大久保どのの家の客人兼用人みたいな毎日だが、
戦場とお城を見たくてたまらなくなって、いやだけど大久保ど
のの末の弟にそうだんしてみた。
末の弟は「おお、おまえにも根性があるのだのん」とえらそう
に笑ったのでむかついて殴ろうと思ったが、
一緒に二俣に行ってくれるというので我慢することにした。

宵、びゅうびゅうふく空っ風にまぎれて二人で浜松城下を抜け出した。
大久保どのの末の弟によると、あとは浜名湖沿いに北に進んでいくだけらしい。
「おまえがとらわれても、助けんで覚悟しときんよ」と言われたので、
そりゃこっちのセリフだがねとばかりむかついて頭を叩いてやったら、
闇の中でいきなり泣き出したので、
あわてて大久保どのの末の弟の口をふさいだ。
そしたら、こんどは窒息したみたいで、泡を吹いて倒れてしまった。
ありゃ、どうしよう・・・

元亀三年 十月二十九日 佐吉

最近握り飯を作るのに忙しい。
僕はおんなのひとにまざって握り飯を作って
紀之介と市松が桶で陣中に運ぶ。
包帯を巻いた増田くんが手伝いにきた。だいじょうぶかなあ

元亀三年 十一月一日 佐吉

なんと、増田くんの作った握り飯から
しょくちゅうどくとちぢれた毛がでた。
戦う前からかなりのひとがたおれてしまった。
ただでさえ旗色がわるそうなのに・・・・
この戦争まけるかもしれない・・・・

元亀三年 十一月一日 前野将右衛門

あの握り飯を食べてから気分が悪い・・・
握ったのは佐吉や侍女、それに増田だそうだ。

増田が夜中に城内を徘徊しているのを見たという報告もある。
あの者、もしや間者やも知れぬ。
秀長殿に報告しておこう・・・

元亀三年 十一月二日 佐吉

昨日からもし負けたらとふあんでたまらない。
もし負けたら北か南ににげることになるのかなあ。
でも北の方の津軽では去年為なんとかっていう武将が南部家にむほんをおこして大変らしい。
いいや、負けるなんて考えるからいけないんだ。
ぼくはぜったいに津軽ににげるような男にはならないぞ。

元亀三年 十一月三日 佐吉

出来心で、信長様の高級和紙を一つ失敬した。
とても柔らかくて天に昇る気持ちだった・・・これならお尻も治るにちがいない。


失敬したのがばれてねね様に尻を百回たたかれた。
お尻がヒリヒリする・・・殿はこれを顔にうけているのだから、びっくりだ。

元亀三年 十一月三日 晴れ 前野将右衛門

食中毒に我が軍が悩まされていると知ってか知らずか、浅井・朝倉の手勢が
宮部城と虎御前山砦の糧道を破壊しようと攻めてきた。
これを迎え撃つべく先鋒を務めるは我ら蜂須賀・前野勢なれども、
腹がゆるくては矢もひょろ矢、槍をふるうも力が入らず、たまらず後退した。
その後西からとのの寄騎の塙どの宮部殿や、東から先の戦で朝倉から寝返った前波・富田のやからが
つっこんできたおかげで総崩れはさけられたが、やれやれ、危なかったわい。
陣に戻るととのに「我が軍の面目でぇぁなしでにゃーか!」と怒られたし。
それもこれもあの縮れ毛を入れた増田の野郎のせいか!!覚えておれ。

横山城に戻ると、おおとのから拝領した和紙で尻をふいたとかで、
佐吉がおねどのに尻をたたかれていた。
なんと緊迫感のないことかと初めは腹が立ったが、いや、これはこれで和むなあ。
軍内に平和ボケが一人くらいいるのも悪くないわい。

元亀三年 十一月四日 増田

厠でこけて右腕を折った
くそ、これではそろばんもアレも当分できんではないか!
だいたいなんでこんなところに高下駄があるんじゃ!?
むかついたので高下駄を片方肥え溜めに捨てた。ざまあみろ

元亀三年 11月5日 とだ

久々に日記を書くような気がする。
いや別に書くことはないんだけどさぁ、
いやその・・ブルーワーカー持ってたあの気違いが
右腕を折ったらしい。長束君にその事を話したら
あのいつも冷静な長束君が、お祭り騒ぎみたいに喜んでいて
丹羽様から怒られてさぁ。そーいや最近長束君の目の下に
クマができて長塚君「やった・・丑の時参りって本当に
効くんだ・・」とか言ったから、今度つけてみようと思う
丑の時参りってなんだ?

元亀三年 十一月六日 坊主

佐吉可愛いよ。可愛いよさきちぃ。ハァハァ。
最近佐吉を狙う宿敵が腕を折ったという情報が入った。うふふふ。好機なり。
そろそろ、拙僧の正体を明かす時がきたのかもしれん。火縄銃を手入れしなければな。

元亀三年 十一月六日 晴れ 加藤虎之助

冬の遠州の野はいまいましいくらいに毎日からっと晴れるもんだ。
で、俺はといえば、大久保殿の末の弟とともに山の中腹の土牢に放り込まれている。
結局こいつ相手にあたふたしているうちに武田方につかまってしまった。
武田の足軽に誰何されたときに、いきなり「みはた」と聞かれたので
つい勢いで「さかさびょうたん」と答えてしまったのもおひとよしだったなあ。
俺も根が正直すぎるというかなんというか。

山の向こうに戦のさなかの二俣城がよく見えるが、
岩盤の上に立つ城はやけただれて見ましにぼろくなってる。落城するかもなあ。
一緒にいる大久保どのの末の弟は捕らえられて数日、ずっと泣きじゃくってて、
うっとうしいのでなぐってやると、きっと俺をにらんで、
「おまえがさそったせいでこんな目にあったがん!
 来年にはおらも彦左衛門という名前をもらって元服することになっとったのに、
 もうわやくちゃだがん!」
といって涙をふりまきながら俺の肩をぽかぽか叩いた。
さすがにこいつのこともかわいそうになったので、
「じゃあ、俺だけでもこれからおみゃあのことを彦左衛門って呼ぶでよう」
と言ってやると、彦左衛門(これからはそう書く)は泣きやんで
うるうる目で俺を見た。

今はおれの肩の中ですやすや眠ってる。そういや、彦左衛門と佐吉は同じ年か。
佐吉はどうしてるかな?

元亀三年 十一月六日 佐吉

増田くんはしょくちゅうどくを出そうが腕を折ろうがこりずに握り飯をつくっている
左手でお櫃のなかでご飯をこねるように
にぎりめしを作っていてなんだか小汚く見える。
小一郎さんがやってきて増田くんに三河逝きの辞令をだした。
すると増田くんは「わしゃあ文官で怪我人じゃ!三河なんてとてもとても」
とにわかに咳をし始めたけど、それでも三河行きを頼まれると
懐からそろばんを出しちぢれた毛をまきちらして暴れ始めた。
でも結局小六さんをはじめとするくっきょうな男の人3人に取り押さえられて
わあわあわけのわからない奇声をあげながらお勝手から引きずられていった。
ほっとしたけどなんだかかわいそうだった

元亀三年 11月6日 とだ

今日、長束君が言ってた、丑の時参りについて
丹羽様に聞こうと思って丹羽様の部屋に行った
だって丹羽様は何だってしってるんだもん
丹羽様に「丑の時参り」って何ですか? と聞くとそれを無視して
「戸田・・おめぇ男に、興味はあるか?」 と聞かれて・・
あれ?記憶がないし尻がものすごく痛い・・
長束君は恐ろしい顔して 「お前もやるか?丑の時参り・・」 といってきた
だから何だよ丑の時参りって・・

元亀三年 十一月七日 佐吉 

今日から見張り組の方に配属された。
仲間の中では僕が一番体が小さくて、 力もないけど、なんとか頑張っていこう。
僕は山内さんと一緒になった。
浅井方の動きを見張るやぐらは、高くて登るのも降りるのも怖かった。
それと、今日は増田くんも三河へ行く日だった。
あまり会いたくない人だったんだけど、たまたまやぐらの上から歩いていく増田くんをみつけたら、目と目が合っちゃって……。
「さ、サキチー!俺は必ず、生きて戻るからなぁーー!!絶対だからなー!」
僕も山内さんも、何のことかわからず、僕はますますあの人が怖くなった。

元亀三年 十一月七日 増田

三河に行く羽目になった…。武田信玄が進出してきて危険なとこだって聞いた。
もう最悪。佐吉にも会えなくなる。
しかし、昨日佐吉の部屋から、佐吉のフンドシを一枚持ってくることはできた。相変わらず小さくてたまらなくいとおしい。
これをアイツと思って肌身離さず持っておこうと心に決めた。
そして三河へ出立する時、佐吉が櫓の上から俺を見送ってくれていた。すっごく嬉しかった。それだけで勃った。
そして俺は「さ、サキチー!俺は必ず、生きて戻るからなぁーー!!絶対だからなー!」と佐吉にこの思い届けとばかりに叫んだ。
すると佐吉は俺の思いを受け取ったのか、肩を震わせて涙目になっていた。
そうか、お前も俺がいなくなるのが寂しくて怖くて心配でたまらないんだな。お前の気持ち伝わったよ。
俺は絶対生きて帰ってきて、そしてお前を抱いてやる。それまでこのイチモツ、決して他人に与えはしない。

元亀三年 11月7日 とだ

今日は、うえだ君の子守をさせられた。うえだ君はまだ
9歳なのにものすごく落ち着いている。
相変わらず長束くんは、夜中におきてどこかに行ってる
今日は、あのブルーワーカーが三河に行くと聞いたので
三河であいつを呪い殺してやると、にやにやしながら言っている
長束くんの部屋には、藁がいっぱい落ちてるけどなんだろこれ?
丹羽様を見たら今でもしりが痛い・・何があったんだろ?俺

元亀三年 11月8日 とだ

今日も上田君の子守をさせられた。お父さんが、
病気で寝ているから僕ががんばらなきゃいけないって
言っていた。僕も君みたいに強くなりたいよ・・
今日とうとう長束くんが倒れた。丹羽様が、
「わしが看病するから」と言っていたが
長束くんの部屋を離れたあと桑山さんがにやにや
しながら「あいつも掘られたな・・」と言っていた
何のことだろう?

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