再会の二人 編

元亀四年 二月一七日 佐吉

 筒井様からの返事を待つために城で待機している。
しかし、なかなかいい返事がもらえず、三人ともたたみの上でくさっていた。
虎も市もなにもできないのがもどかしいらしい。
「なぁ、いっそのこと、俺たちが直接しらべにいったほうが良くね?」
「俺もそう思った」
ぼくは、弥兵衛さんから松永の城に近づかないことを理由に反対した。
「だったら佐吉は残れよ。俺と虎でいってくるし。このままじゃ、手柄は筒井様にとられちまう。足手まといはいない方がやり易い」
足手まといと言われてカチンときた。よーし、だったら二人よりもすごい知らせを手に入れてやる。
そして足手まといじゃないということを証明してやる。

元亀四年 二月十八日 佐吉

 三人とも奈良に仕入れに行く行商人にふんして、間道から城を目指す。
市は水飴売り、虎は裁縫針売り、そしてぼくは薬売りに化けた。
市内に入ったら、それぞれ別行動することが決まった。
虎が万が一のために、合言葉を決めておこうと提案した。
「蛇」
ということできまった。
三人ともバラバラになったけど、いざ一人になると、けっこう怖い。
足軽風の男に声をかけられた時は、びっくりした。でも、ばれなかった様で良かった。あわわ。
「最近は、殿の周りに、怪しげな妖術師がおると聞いておる。頭の痛いことでこまった」
へ〜、妖術師ってどういう人だろう?

元亀四年 二月十八日 つづき 佐吉

「ふふふ……その妖術師とやらを知りたいかね?」
え?なんでぼくの考えてることがわかっちゃったの?
すると、さっきまでの足軽男の顔がどんどん崩れてきた。中から現れたのは、白髪の老人だ。
「吾が名は果心居士。吾が術のおかげでお主の考えは、とくとお見通しだぞ」
どうやらこの人に、頭で考えていることを読まれてしまっているようだ。
「お主の名は、佐吉と申すか。フ、安心せい。わしは弾正の家臣ではない。弾正とは顔見知りではあるが、お主たちをつき出したりはせぬよ」
それじゃぁ、なんでぼくの前に現れたのか?と思うと、
「わしの趣味は、人の恐怖でひきつった顔を眺めることなんじゃよ。地元の連中だとやりにくいから、こうしてよそ者を相手に遊んでおるのよ」
そういうと、なんだか不思議な空気に包まれた感じがした。
「さきちぃ〜、さきちぃ〜〜」
気がつくとふんどし姿の増田くんがいる。いや、一人だけじゃなく、何人も、何十人も。
「さきちぃ〜〜、あいしてるよ〜〜」
「さきちぃ〜〜、やらないかぁ〜〜」
「かわいいよ、かわいいよさきちぃぃ〜〜」
「つぼみみせてよ、さきちぃ〜〜」
ぎゃああああああああああああ!!
気がつくと、果心居士は腹を抱えて爆笑していた。かなりムッとした。
裏の茂みがガサゴソ揺れた。
「さきち〜〜」
ま、まだ幻覚をみてるのか!?打ち消そうとおもわず手に持っている護身用の竹杖で滅多打ちにした。
バキ!ドガ!ガス!ガコ!ドゴ!
あれ?この手ごたえは……?
「ほっほっほ。どうやらお前さんの恐怖の元も、偶然居合わせていたようだのう」
本物の増田君だった。日野ではぐれて、まさかこんな所で再開するなんて。
目を覚ますと厄介なので、果心居士と一緒にその場を退散した。

元亀四年 二月十八日 増田

 本多の砦を出立した我らは、奈良に入った。
街は松永の厳戒態勢が布かれており、二人とも素性を厳しく調べられ、何度も足止めを食らった。
田んぼのあぜ道を歩いていると、早馬がわきを通り過ぎ、泥を跳ねていった。
一張羅の服が泥だらけになり、善住坊に川で泥を洗い落とすのを告げて川に向かった。
ふんどし姿になり、顔についた泥を洗うと、ちかくに懐かしいにおいをかいだ。
佐吉だっ!?
あわててにおいのする方向へむかうと、佐吉と老人がなにやら向かい合っている。
急に佐吉が腰を抜かして尻もちを着いた。
お、おのれ〜〜!わしのかわいい佐吉になにをするか?
「さきち〜〜(大丈夫か!わしが来たからには、佐吉には指一本もふれさせんぞ!)」
と、言おうとしたのだが、重い一撃が一発目に入ったため、気絶してしまったようだ。
目覚めると、善住坊が顔を覗き込んでいた。佐吉はいなくなっていた。
おのれジジイめ、わしにたんこぶを作るだけでなく、佐吉にまで手をだすとは!?

元亀四年 二月十九日 佐吉

果心居士の庵で一晩過ごした。
腹が減ったら、なべの中のものを勝手に食え、と言われて、遠慮なく食べさせてもらった。
果心居士は昨日のことがよほど気に入ったのか、ひとりニヤニヤして何度も思いふけっている。
……気もち悪い。
「そのおびえた目も良いぞ」
そうだ、この人、頭で考えていることがわかっちゃうんだっけ。さっさとお礼を言って出ていっちゃおう。
「まぁ、待ちや。わしの方でお礼をせねばならんからな」
そのお礼とは、城にいる人物を助け出すことだった。
なんでもその人は、筒井方の大将だという。
「そいつを助け出したら、一緒に郡山へ帰るが良い。筒井にも顔が立つじゃろう」
夜に出発することになった。

元亀四年 二月二〇日 佐吉

 昨日の夜、庵をでたぼくらは、果心居士に連れられて城へやってきた。
たしかに顔がよく効くらしくて、城兵もとくにかかわりをもとうとせずに黙って通してくれた。
おかげで、ぼくも城の中に潜入することができた。
「そいつはわしが苦手としているやつでのう」
城の中で捕まっているその侍大将についてだ。
「あいつにも術をかけてみたことがあった。しかし、やつには恐怖という人が当たり前に持っているものをもっておらん」
それって、怖いと思ったことがないってこと?と聞いてみた。
「そう。人は誰しも死を恐れる。しかし、世の中にはまれに、死すら歯牙にかけぬ鈍感な者がおる。そういう奴らを『いくさにん』と申す」
これからあう人物はそういう奴だと教わった。
奥で地下牢のカギをわたされ、ここから先は一人で行けといわれた。
「わしは松永に会いに行くことにする。その方がやりやすいじゃろう」
なんでこんなことをするのか聞いてみた。
「わしは別に家来ではないからの。それに、そいつを捕まえたのはわしなんじゃよ」
どうやって捕まえたのかも聞いてみた。
「ほっほっほ。鍋の中に眠り薬をチョイチョイ」
げっ!?ひょっとして、庵のあの鍋?
「ほっほっほ、その驚いた顔もなかなかだぞ」
そういって立ち去っていった。
誰もいない地下牢の入口へ入っていった。

元亀四年 二月二〇日 つづき 佐吉

「やぁ、番人さん、ひさしぶりでござる。五日ぶりでしたかのう」
牢屋の奥へと進んでいくと、ひどく大柄な人が壁にもたれかかって座っていた。
「あなたが筒井様の御家中の方ですか?」
檻ごしに話しかけた。
「おや、ここの者ではないのですかな?この城は狡猾な狸ジジイの住む城ですぞ。それがしにかまわずお逃げられよ」
自分が捕まっているにもかかわらず、人に逃げろと言うのが、なんだかおかしかった。
自分は木下さまの者であると説明して、牢を開放してあげた。
「ふ〜〜、ひどい目に遭い申した」
明かりのある所でその人を見ると、やつれてほほはこけ、目はギラギラしていた。
「改めて御礼申し上げる。それがし、筒井家の島左近清興と申します」
「あ、木下家の石田佐吉です。よろしく」
「あはは、佐吉殿、やはり以前にお会いした佐吉殿でござったか。立派な男になりましたなぁ」
そういわれて思い出した。前に峠で声をかけてくれた大柄な武士、あと留守の時、虎御前山でぼくを褒めてくれた人。
「あなただったんですか……」
左近さんはただだまってニッコリしていた。その笑顔はなんとも無邪気だった。
食べものも、蜘蛛や壁に生えたコケですごしたこれまでを、もう頭にないような気持ちいい笑顔だった。

左近さんと一緒にでて、馬を奪って一目散に逃げ出した。
途中、関所があったが、かまわず突っ切った。
左近さんは槍を奪い、襲いかかる敵兵を切り伏せ、叩きつけ、はじき飛ばし、くし刺しにする。
「松永翁に伝えてくれ。城内のもてなし、この左近、近々返礼に参る、とな」

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