坂本だよ!全員集合編

元亀四年 三月三日 大谷紀ノ介

今日、体中の包帯をとった。
道三先生によると、伸びざかりの子供の方が、傷の治りが早いらしい。
さすがに手術後の素肌をみるのはこわかった。
おそるおそる目を開けると、むくんだ指もすっきりとして、顔もくずれていない。
うれしさのあまり、先生におもわず抱きしめてしまい、おなかで泣いちゃって服を汚してしまった。
でも、先生は怒るよりもむしろ頭をなでてくれた。
「キノコ、おまえの言ったとおり、人の運命は人が決めるものではないのかもしれないね」
そのあとは、もう興奮しっぱなしで、服を着ないまま外へ飛び出した。
いつもご飯を作ってくれるおばさんとか、お米を売ってくれる商人さんとかに、治った体をみせて回った。
あと、五条大橋のところで全宗先生に出会った。

元亀四年 三月三日 つづき 大谷紀ノ介

「もう病の方はいいようですね」
全宗先生は、僕をみて、おめでとう、と言ってくれた。
先生も手術を手伝ってもらえたことを聞いていたから、先生にもお礼を言った。
「じつは、あなたの元気な姿を見ると、正直、衝撃で目がくらみそうですよ」
なにか先生に対して、僕はしたのだろうか?
「私は私なりの医術で人を救おうと心がけてきました。
しかし、今までの私は、自分の腕の未熟さを省みることをしないで、安易な道を選んでいただけなのかもしれません」
道ゆく人がチラチラながめてるけど、かまわず話を聞き続けた。
「どうやらもう一度、医道を出直した方が良さそうです」
そう言って先生は去っていった。別れぎわ、風邪を引かないように、と、先生の着物をかけてくれた。

元亀四年 三月四日 仙石権兵衛

堅田のいくさもかたづいてしまい、臨時雇いの人足仕事もおはらい箱になった。
あれから坂本に来ている。
あたらしい食い扶持をさがすためにやってきたが、街の活気のわりに俺だけ景気のいい話がやってこない。
はぁ〜〜。考えてみれば、こんな俺でも織田家の士分なんだよなぁ。
身の丈八尺を超える偉丈夫、武勇誉れ高き羽柴の先駆け、戦場のあだ花……
そんな風に言われたこともあったっけか。
なのに今の自分ときたら、小汚い古着を身にまとい、道祖神の社を借りて雨つゆを防ぐ始末。
い、いかん、目から水が出てきた。
こんな顔、まちがっても人に見られたもんじゃない。

元亀四年 三月四日 あめ 佐吉

 近江の坂本までやってきた。この街は京を往復する商人でよくにぎわっている。
馬を引かせて歩いていると、道祖神の社が見えた。せまいところに体を器用に折り曲げてちょこんと入っている人がいる。
しかし、どこかでみたような顔?あの見まちがうことない団子鼻は、……権兵衛さん?
「げぇ!?佐吉、とみんな?」
やっぱり権兵衛さんだ。
京ではぐれたっきりの仙石さんがここで会えたのも奇遇だけど、権兵衛さんも顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。

「お〜〜〜〜い!さ〜きち〜〜〜ぃ!」
今度は声をする方を向いていると、向こうから顔立ちのととのった武家の御子息みたいな人が声をかけて走ってくる。
これもけして忘れられるものじゃない。この懐かしい声は……
「紀ノ介!紀ノ介だね!?うわーーーん!」
思わずかけだして二人で抱き合った。
「すっかり見間違えちゃったよ。前よりもかっこ良くなったんじゃない?」
「すべては先生とみんなのおかげさ」
みんなも後からやってきて、紀ノ介の変わりぶりを驚いている。

「さきち〜〜〜!」
「さ〜〜きち〜〜〜!」
うぇ、この思い出すと身の毛が粟立つキショイ声は……、
「あっ?増田と坊主だ!」
なんでよりによって二人一緒なの。気持ち悪いから、みんなを追い立てて逃げ出した。

元亀四年 三月五日 佐吉

佐和山にて。今日がおそらく大和路の旅も最後だろう。
明日はとうとう横山に帰ることになる。
この一ヶ月はいろいろあって大変だったなぁ。はやく帰って、またお城のおこめでおかゆを食べたい。

町に入る前に、坊主と別れることになった。
「拙僧はこうみえても、すねに傷をもつみだから」
足を怪我してるんだったら、紀ノ介みたく京のお医者さんに治してもらえればいいのに、と思った。
増田くんは、しきりに坊主と抱擁をかさね、
「また会おうな」「また会おう」
を繰り返している。
目の前で男同士がイチャイチャしだすのを観るのって、ギガきもち悪い。

元亀四年 三月五日 つづき 佐吉

道中、坊主と増田くんに挟まれっぱなしだったので、坊主がいなくなって少し人心地がついた。
そこで、紀ノ介の顔を改めて見てみた。
すごくかっこいい…。
そういえば、発病以来、素顔を見る機会はめったになかったなぁ。
頭巾と病の下に、こんなな顔が潜んでいたなんて…。
その時、紀ノ介が不意にこっちを向いたので目が合ってしまった。
するとその瞬間…

パ チ ン !!!

ぼくの胸の奥で何かがはじけた!ぼくはあわてて目をそらせた。
なんだろう!?まるで赤い実がはじけたような…
なんだか心臓がものすごくドキドキした。

元亀四年 三月五日  増田

最近、佐吉から同じ臭いがする・・・こっち側に来たかとうれしく思った・・・が!
どうやら三角関係のようだ。両思いの俺達の邪魔をする紀ノ介ゆるすまじ!!



さっそく毎日、紀ノ介の朝の味噌汁に坊主の   ・ ・ ・ と あ る 汁 を
一滴混ぜていくことにした。すぐに何かあってはいけないので
忍の者が使う毒の使用方法を真似てみた。

元亀四年 三月六日 蜂須賀小六

ここしばらくの城内は、それは静かなもんだった。
喧嘩をおこすやつらも、衆道さわぎをおこす輩も、トラブルメーカーもみんな外へ出てしまっていたからだ。
おかげで誰もが安らかにすごしていたが、俺を含めて味気ない生き様を感じていたと思う。
それが今日、佐吉たち一行が使命を終えてもどってきやがった。
知らせを聞いた連中が、顔に明かりがついたように、うれしそうに出迎えに門まで行くのが印象的だった。
やっぱり、みんなは日頃からうるさいのを文句を言いつつも楽しんでいるんだ。
今日からまた面白いことがおこりそうだな。

……さて、仕事にもどるか。
権兵衛も一緒に戻ってきた。あいつには預金着服と敵勢力投降の疑惑がある。
殿のお目どおりが済んだ後、すぐさま権兵衛を軟禁した。
本人も、わかっていたのか、あばれることもなくすんなりと言いつけに従った。
いくら仲間とはいえ、こうして相手を裁かなくてはならぬとは、つらいのう。

元亀四年 三月七日 加藤虎之助

しばらく城を空けている間に、手紙がたくさん来ていた。
里の家族かと思ったが、なんと全て大久保の彦左衛門のものだった。
どえりゃあ筆まめなやつだなあ。内容は身近な話題から最近の武田の動
きまでいろいろ書いていたが、ちょっと気がかりなのもあった。

お虎どの
(前略)
 去る十五日、野田城が陥ち申し候。
武田勢 吉田まで迫り候わば再び決戦なりと覚悟を決めおりし処、
野田より敵勢動かず、むしろ北に去る気配すら見せ候。
よもや武田に大事出来せしかとも思い候て細作など送れども
何事もわかり候わず、陣中にてはさまざまな憶測 流言蜚語など飛び交いおり候。
 もし虎どのにて何か思い当たるところあり候わば、便り賜りたく候。

元亀四年 二月三十日
                             彦左

とりあえずこういう知らせがあったということをとのにお伝えしようと
したところ、とのは笑って「おみゃあは増田から何を託されたとおもっと
りゃーすか?」と言った。わけがわからなかったので返事をせずにいたら、
とのは神棚から黄ばんだ布キレを持ってきた。
あ、あれは牢屋で増田からたくされたわけのわからん布キレ!なんで神棚
に置いてるの?
こちらが問うまもなく、とのは鼻をつまみながら
「ここにはなあ、こういうことが書いてあっただなも。おみゃあももっと
 勉学に励まにゃあかんなでよお」
と話してくれた。げっ、増田は去年の時点でそんなことをつかんでて、
それも俺に教えてくれてたのか!
俺はめまいがして、気がついたらとのに抱えられていた。
とのは笑って「まあ、励みゃーせ」とおっしゃった。

元亀四年 三月七日 佐吉

夜、紀ノ介と二人でぼくの部屋で楽しく話をしていたら、
急に紀ノ介が頭を抱えてうずくまった。
「うーうー」と声にもならないうめき声をあげている。
近づいて紀ノ介の顔を見てみると、縫合した傷口のあちこちからからどす
黒い血が流れ出てきた!
びっくりして城付きのお医者さんをあわてて呼んだが、
「むう、わしにはわからん」と首をかしげるばかりで役に立たない!
ああ、そうだ、まなせ先生だ!と思って、すぐに小一郎さまの寝所に行って
事情を話すと、小一郎さまはすぐに今浜から大津への船を仕立ててくれ、
護衛に山内さんをつけてくれた。

今は夜明け、船で琵琶湖の上。伊吹山の残雪を赤く染めて日が昇ってきた。
朝焼けの中紀ノ介を見ると、顔色は真っ青、縫合した傷口のいたるところからまだ
どくどくと血が出ている。
ぼくはつい、こぎ手の人たちに「早く、早く!」と何度もどなってしまった。

元亀四年 三月七日 大谷紀ノ介

不思議な夢をみている。大人になったぼくが殿から刀をいただく夢だ。
「この四振りの刀はの、安土の名工が鍛えた業物でな。都の四方の聖域で清められたという逸品じゃ。
四神の加護なればお主の病にもさぞや効こう。はよう病を治して忠勤に励むことよ。ささ、遠慮のう受け取れ」
殿はそう言ってぼくの手に刀を握らせた。
「安土四振りと言っても過言ではない名刀ぞ。謹んで拝領いたせ。」
口調は硬いが、そう言って微笑んでる佐吉の顔が見えた。
殿はここまでぼくに目をかけて下さっていたのか・・・。
そう思うと、胸にこみ上げるものを抑え切れなかった。
みんなの前で泣くのは恥ずかしかったので、急いで殿に礼を言って部屋を退出した。

廊下に出た後、殿が下さった刀の重みを感じると、ますます涙がこぼれた。
「安土四振りか」
ぼくは、一生をかけて殿に忠を尽くすことを誓った。

元亀四年 三月八日 早朝 佐吉

昨夜から紀ノ介の意識はもどらない。
ずっとうめき声をあげていて苦しそうだ。まだまなせ先生のところにはつかないんだろうか。
その時、紀ノ介が何かを呟いたのが聞こえた。
「あづちよんふりか」
あっちょんぶりけ?なんのことだろう?

つぎをみる