坊主、最後の邂逅!? 編

元亀四年 三月九日 増田

わが愛しの佐吉が紀ノ介と京へ行ったっきりだ。
おかげで性欲をもてあましつつ、おもしろくない日々をすごしている。
そうそう、最近、投げ縄を使った技が、練習の結果、かなり上達した。
投げなわ一本で捕まえたり、しばりつけたり、ひっかけたり思いのままできるようになった。
ためしに後家さんに向かって縄を投げると、思ったとおりに後家さんを縛ることができた。
しばった縄目の模様が亀の甲羅みたいに見えるから、このしばり方を『亀甲縛り』と呼ぶことにしようか。
こいつは思ったよりもすごい。
締め上げるほど、後家さんがもだえて大喜びだ。
ほどいてやったら、しつこく求めてきたので、しぶしぶ相手してやった。

元亀四年 三月十四日 大谷紀ノ介

嵐山の庵に全宗先生がやってこられた。
道三先生との因縁があるのか、二人は出会ったときは、お互いの空気は張りつめていた。
「本日は先生にお願いにうかがいました」
「なに?」
「どうか私を先生の弟子にしてください」
あまりに意外な申し出に、僕らも先生もあっけにとられてしまった。

「私は自分の医術こそが、人を救う道だと思っております。しかし、どうやら医療の道には、まだまだ私の知らない方法で人を救う道がある」
「この前のキノコのあれか?あれは私だってぶっつけ本番だったんだが……」
「お願いします。先生」
「コイツはこういってるが、どうしようか?キノコ」
この一言で先生は弟子入りを許可したと思った。ただ、先生は変に天邪鬼なところがあるから、素直に認めないところがある。

「いいじゃないですか。先生も市街と嵐山を往復するのが大変そうだし」
「……まあ、キノコがそう言うなら置いてやるか。ただ、もう人を殺すのはよせ」
「師の言いつけには従います。そして、京から私は、環俗したときの木里子の姓を捨て、祖先の姓をいただき、丹波全宗と名乗ります」
こうして、丹波全宗先生は、道三先生のお弟子さんになった。

元亀四年 三月十八日 大谷紀ノ介

久しぶりに包帯のとれた自分の顔を見て驚いた。
綺麗にふさがりかけていたはずの傷跡が蚯蚓腫れのようになり、かなり目立っている。
曲直瀬先生は
「どうやら、その傷の残り方の原因と、今回の再発の原因となんらかの関係があるようなんだが…
…まさか毒…?
いや、そんな訳ないだろうし…。」
と言って、頭を抱えてしまった。
僕自身も毒を盛られる理由が思い当たらない。
これ以上佐吉に心配をかけてはいけないので、病の症状が少し出かけているからと言って、また頭巾を被ることにした。

元亀四年 三月二十一日 佐吉

紀ノ介の容態は大分持ち直してきた。ただらいで病み崩れた顔はそのまんまだ。
元気な頃の紀ノ介はすっごくかっこよかったので残念だけど、こっちの方がしっくり来るかも。
ここでの生活は割と忙しい。 先生のお手伝いがあり、暇なときは紀ノ介の看病に奔らなきゃいけない。
数日に一度は、紀ノ介の友達という足軽さんが見舞いに食べ物とかを持ってきてくれる。
あれ、そういえば名前はなんだったっけ?紀ノ介も知らないらしい。
「名前か?・・・んー・・・主水って言うんだが・・・足軽がこんな立派な名前だとカッコつかんだろ」
確かにそうだ。僕は心の中で笑った。
近頃、ここでの慌しい日々がすごく平穏に思えてきた。いつまでも続いたらなぁ・・なんて。

元亀四年 三月二十一日 増田

今日も佐吉と愛を確かめるための夜這いの練習。しかし、坊主と鉢合わせ。
いくら心友とはいえ相思相愛の我われを邪魔するのは許せんと、不届き者を成敗すべく中庭で決着をつけることにした。
空気が張り詰めるなか、我われの間を褌一丁で走り去る男が…
そしてその男を追う聞きなれた声……「お前さまー!まだ十もしておりませんよー!!」
ねね様である。唖然とする我われを見て「我が子同然の佐吉にお痛をするのは貴様らか!」

          イヤー キャー
  ヽ◆ノ    ヽ○ノヽ○ノ
   /       /   /
 />    ノ)   ノ)


      ◆y一~~ <ゼッケイネ…イヌミタイ……
       |\へ   サテ、ワタシタチハ カエッテ ツヅキヲ シマショウカ
   _| ̄|◎ ̄l <…ハイ
                _
     アッー!>  ○| ̄||_|○ <アッー!
                  ̄

元亀四年 三月二十一日 大谷紀ノ介

夜、佐吉が周りにいないのを確認して、そっと頭巾を取ってみた。
思ったより早く腫れがひいて、ほとんど傷跡は目立たない。もう心配ないみたいだ。
問題は佐吉にどう説明するか。この間は病の症状が出たと、とっさに嘘をついてしまったからなぁ。
毒を盛られたかもしれないなんて言えないし…。

考え込んでいたら、部屋の入口に人の気配を感じた。慌ててそちらを見ると、佐吉が驚いた顔をして立っている。
どうしよう……。
僕が戸惑っていると。佐吉はすぐに笑顔になり
「顔、治ったんだね!よかった!」
とだけ言ってくれた。

毒の件は思い当たる節もないから、きっとなにかの間違いだろう。
あまり気にしないでおくことにしよう。

元亀四年 三月二十一日 よる 佐吉

夜、紀ノ介の部屋に行ったら、紀ノ介が頭巾をとって鏡を見ていた。
このあいだ病でまた顔が崩れてきたから頭巾をかぶっていると言っていたのに、きれいな顔をしていて僕はすごく驚いてしまった。
紀ノ介は僕に気がつくと、すごく焦って鏡を隠し、とまどいの表情をみせた。
紀ノ介がこんな顔をするのは初めて見たな…。
僕は直感で紀ノ介が僕に隠し事をしていることが分かった。
でも、僕に隠し事するなんてよっぽどのことなんだろうと思ったので、深く追及するのは止めて
「顔、治ったんだね!よかった!」
と言うだけにしておいた。

それにしても…かっこいいなぁ…

元亀四年 三月二十二日 佐吉

医院に来た親子つれのお客がきた。
その女の子の親の治療が終わるまで相手していた。
「おり紙」といって、一枚の紙を器用におりまげていき、最後になにかの形にする遊びだ。
女の子も遊びなれていて、いろいろと見たことのないものをつくってくれた。
このおり紙は折って、曲げて、丁寧に丁寧に作業をするのが僕に向いていそうでおもしろい。
あとで紀ノ介に教えてあげると、
「はじめは女々しい遊び、とおもったけど、なかなかいいね。だまって手を動かしていると、おちつくよ」
といって一緒に楽しんだ。
かえったら、みんなにも教えてあげよう。

元亀四年 三月二十二日 弥三

なんか毎日妻とばかりにも飽きたので、妻には「修行の旅」といつわって
船で坂本まで出て遊女たちとめくるめく夜を過ごした。

次の日帰ったのだが、妻が細い体をおり崩してしくしく泣いていた。
ばれたか。まあふびんなことをしたわいと体でなぐさめようとしたら、
妻は泣きながら体をぐいぐい私に押し付けつつ細い体とは思えない力で
私をひきずっていき、私を鳥小屋にほおり込んだ。
妻は冷めた表情で扉のかんぬきをかけると親父を呼び、
「夫が再び乱心しましたゆえ、しばらく鳥小屋にいてもらいます」
ええっ!!で、親父も納得してそのまま去っていくんじゃねえよ!!

元亀四年 三月二十二日 増田

佐吉や紀ノ介に一緒についていっていた山内の伊右衛門が帰ってきた。
茂助の部屋で話していたのを盗みきくに、どうやら紀ノ介の病状が相当に悪化したらしい。
ええっ、そんなつもりはなかった…いや、ちょっと興奮症状におとしいれて、
紀ノ介と佐吉が喧嘩すればよいと思って薬を仕込んだだけなのに。

ああ、呪わしきかな我が嫉妬!
しばらく自室で悶々と悩んだが、耐え切れずに城を出て近くの山奥に分け入り、
真っ裸になってまだ冷たい春の滝に打たれて頭を冷やすことにした。
しかし頭が冷えるどころか、水圧に刺激されて一物が持ち上がってくる始末。
わしの煩悩はあまりにも深いらしい。
がくぜんとしながらしごいていると、
「よいよい、それも人の業よ」と声が聞こえた。
振り向くと、坊主だった。坊主は俺に笑いかけると森の中に消えて行った。

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