増田ハザード編
元亀三年 十二月二十九日 くもり 佐吉
年の瀬だ。
でも、織田の領地をかこんですごく危ないことになってることもあって、
正月のじゅんびとかそれどころではない感じ。
今年はお雑煮もくりきんとんも食べられないのかな。
せめて来年田中さんが来たら七草粥でもせがもうかな。
そういえば今日、岐阜のお城からおおとのの近くで仕えているという
としのころ十六・七のおさむらいがやってきた。
気安くしゃべっていたら、なんと近江の名族、蒲生家の御曹司忠三郎さま
だったことがわかって、ちょっとあわてた。
聞けば忠三郎さまはしばらく横山城にいらっしゃるそうだが、
これってまえいってた織田家中の美男子小姓がこの横山城に集められるらしい
とかいうのの一環か?
ちなみに忠三郎さまの顔は目鼻はすごいきりっとしてるのだが、しもぶくれの
ちょっとつりあいのとれていない変な顔をというか、なんというか・・・
元亀三年 十二月三十日 佐吉
おおみそかだ。といっても今年は戦備えという感じで普通の日とあんまり変わらないけど。
そうそう、忠三郎さまはすごい人だよ。
『孫子』みたいな兵書をそらんじ、そろばんもお得意、
木刀の稽古でも、同年代の助作や、やや年上の権兵衛さんや市助さんでも歯が立たない。
それでいて、上には礼儀正しく、下には小者などにも気さくに声をおかけになる。
みないう。「さすがおおとのさまの娘御のいいなづけにされただけあるわい」
こうして忠三郎さまはあっというまに横山城にとけこみ、大の人気者となった。
うーん、確かに忠三郎さまは非の打ち所のない、すごいかただ。尊敬もできる。
でも、それとは別に、自分の中でなんかもやもやとしたもの、
というか忠三郎さまへの反発心が心のどこかからわきあがってくる。
その理由がわからなくて、自分の部屋で考え込んでいたら、
突然市松が来て、言った。
「なあ、おまえならわかってくれると思うんだけど、
忠三郎さまってさあ、なんかむかつかね?」
ああ、そうか!そういうことなのか。アホの市松のおかげでわかったよ。
そうだな、確かに市松とぼくが一番反発心を持つよなあ。
ぼくはばか笑いをした。市松はそんなぼくをきょとんと見ていたが、
やがてなにかわかったのか一緒にばか笑いした。
部屋の外を見ると琵琶湖の向こうの志賀の山々へ沈もうとする
今年最後の夕日があかあかと照っていた。
元亀三年 12月30日 とだ
今日、お城にうえだくんが来てない。不思議に思って桑山さんに尋ねたら
とうとう、うえだくんの親父が、発狂してたおれて看病中らしい
大丈夫かなぁ?長束君と、溝口さんと一緒に豆腐を持って、お見舞いに行ったら
うえだくんのお父さんが、また倒れていた。でも豆腐を口の中に押し込んだら
かすかに反応があった。だけど僕しか見てなくて、みんな口を揃えて
「なんでやねん」としか言わなかった。おかしいなぁ確かに動いたんだけどなぁ・
元亀三年 十二月二十九日 浜松村民壱
天竜川に侍の土左衛門が上がったので見に行った
三十くらいの侍の死体だった。
身元の手がかりが無いかと持ち物を調べると
懐中からくしゃくしゃに丸めた紙が出てきて
広げてみるとちぢれた毛がたくさん挟まっていて
ただ「佐吉」とだけ書かれている
息子の名前だろうか?さぞ無念であったろうに・・・・
せめて村の衆で手厚く葬ってやろうと思い近くの寺まで連れて帰った
身を清めてやろうと着物を脱がせた。
・・・・・今にもほどけそうなほど小さくきついフンドシを身に付けていて
お楽しみ袋が片方はみ出ている
いったいこの仏さんは生前どのような方だったのだろうか?
元亀三年 十二月三十日 浜松村民弐
昨日川に上がった仏を埋める穴を掘って寺に戻るとなんだか周りが騒がしい
なんと死体が消えてしまったそうな
残されたのはちぢれた毛と死体にかぶせていたムシロだけ
ついでに村人が持ち寄った供え物までがきれいになくなっていた。
仏が生き返ったのか死んでなかったのかそれはそれでよかったのかもしれんが
なんだかだまされたような気もするのう
元亀四年 二月三十日 追伸
日の暮れた後は、四畳半の自分の部屋で紀ノ介とふたりきりで将棋を指しながら
おおみそかの夜の更けていくのを楽しんだ。
とつぜん、紀ノ介に聞かれた。
「となりで聞いてたんだけどさ、さっき市松とおまえが「忠三郎さまむかつく」
でやけに気があってたじゃん。あれってどういうことなの?」
うーん。どう説明したらいいのかなあ。紀ノ介もなんでもできちゃうほうだから、
わかりにくいのかもなあ。
「えーとねえ・・・例えば、月なんかでさ」と障子を開けた。
残念ながらおおみそかに月が出ているはずもなかった。
「まえ古典の勉強をしてたときに、まんまるい満月はつまらない。
いざよいの月こそおもむきがあってよい、とかやってたじゃん」
紀ノ介を見ると目をまん丸にして聞いていた。
「でさ、忠三郎さまに戻ってみたら、なんでもできるうえに、
おひとがらも素晴らしい、まさに完璧な人なわけ。
でも、なんかそれって逆にあまりにいやらしいというか、
むしろ性格悪いほうが救いがある感じでさ?」
紀ノ介は何かがわかったのかにこっとして、
「じゃあ、おまえが忠三郎さまに救いを求めるとしたら、どこ?」
「顔がしもぶくれてせっかくのりりしい目鼻が台無しになってるとこ」
しばらく、紀ノ介と二人で大笑いした。
そのうち、ふもとの寺から除夜の鐘が聞こえてきた。
なんかやたらいろいろあった元亀三年もついに終わるんだ。
来年はいい年になるといいな。やっぱりいろいろありそうな気もするが。
元亀四年 一月一日 佐吉
お正月なのでカステラの入ったお雑煮を食べた
おいしかった
元亀四年 一月二日 佐吉
おいしからついつい食べ過ぎてお腹をこわした
今日一日厠にこもりっきりだった
お正月からついてないなぁ
元亀四年 一月三日 佐吉
おなかを壊したのでカステラに大根おろしをかけて食べる
あったかい部屋で食べると冷たくておいしい
元亀四年 一月四日 佐吉
お正月にカステラだと思って食べていたのが、実は鰆とかいう魚だってことがわかった
どうやらとののいたずらだったらしいが、みんなだまされたみたいだ
元亀四年 一月五日 佐吉
とのがいたずらのおわびに本物のカステラをふるまってくれた
ほんのりあまくておいしかった
今度かゆにいれて食べてみよう
元亀四年 一月六日 増田
ここ何日もさまよい続けてろくに物も食べていない。
腹が減りすぎて今度こそ本当に死にそうじゃ。
…じゃが死んではかわいい佐吉に会えなくなるので
手近な屋敷に忍び込み雑煮を失敬する。
雑煮に浮かぶ白い餅を見ていたら佐吉が思い出されて貪るように食べた。
佐吉早く会いたいよ佐吉ハァハァ
元亀四年 一月六日 加藤虎之助
お城に帰ってきた。なかば出奔のように出てしまったのでとのへのお目通りも
ちょっとどきどきだったが、とのは
「よう生きて帰ったなも」とにこにこして特におとがめもなく安心した。
「そういや増田はどうしたか知らんきゃーも?」とお聞きになったので、
武田の陣の牢の話をし、くさいのを我慢して持ってきたよくわからない暗号を書いた
うすよごれた白い布をとのに渡した。
とのは鼻をつまみながらしげしげその布の文言を読んでいたが、やがてにこっとして
その布をかたわらの半兵衛さんに見せて、
「増田は加増じゃな」とにやっとした。半兵衛さんもうなずいて、
「我らがおくったらっぱどもの申すこと、どうやら正しかったようですな」
と笑みを見せた。
な、なに?どういうことなの?
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