走れ増田!編

元亀四年 二月十一日 佐吉

伊勢の菰野に出て、そのまま伊勢路を下っていった。
道行く中で、なんかすごい虎之助が大人びているのに驚いた。
年下なのになんかくやしい。

松ヶ島あたりからだんだんと陸地の奥のほうに入って行き、大きな川に出た。
河原では、大きな石の上ですごい太った人があおむけで昼寝をしていた。
見ればまだ30前くらいの若さなのに、すごいいい着物を着て、おはぐろまでしてる。
市松がはなちょうちんをつくって眠りこけているのをみてむかついたのか、
「どうせこのへんの村のぼんぼんだろ」といきなりその人の鼻をつまんだ。
その人は「むうっ」と高い声でうめきながら目をさまし、市松に
「無礼でおじゃろう、無礼でおじゃろう」
と市松をたたこうとした。その手振りがまた女のようななよなよしてる感じで、
市松はなんの苦もなくよけると、太鼓のようにその男の頭をたたき出した。
男がいい年のわりにあまりにかっこう悪いので、ぼくも虎も市松を止めずになんとなく見てた。

・・・と、なんか川の向こうからすごい勢いで上半身はだかのお侍が走ってくる!
すごい大柄で筋肉が盛り上がってて、手には大きな刀。
でもなんか下半身はお公家さんみたいに狩衣をつけて、
顔にはおはぐろ・・・すごいちぐはぐな感じだが、まさか、この人・・・
「ガキども、先の伊勢国司、北畠三位具教の息子と知ってのろうぜきか!
 そこへ直れ、成敗してくれるわ!!!」
ぎゃああああ。とにかく三人でひたすら逃げ、近くのあばら家に身をかくした。
でも、夜になってもぼくらを探しているのかかがり火がいくつも家の外を動いている。
どうしよう・・・

元亀四年 二月十一日 福島市松

 今、夜の森の中を必死に逃げている。今日なでてやったあのふにゃふひゃした野郎がとんでもないオヤジをもっていやがった。
あの新陰流の達人の北畠卿だったとは。
おかげで人の目を避けながら森から森へと逃れているけど、街道にはやつらの手先が待ち伏せてるし。
う〜〜〜、虎に佐吉、なんかいい考えないか?
「こうなったら、素直に詫びを入れようか?」
「馬鹿野郎。そんなことしたら、父上とおおとのの顔に泥を塗っちまうじゃねぇか」
ふと道を見ると、10人くらいの人だかりがやってくる。こちらにはまだ気づいていないようだ。
「こっちに来たという知らせが参った。草の根分けてもさがしだせ!」
さっきのボンボン。これは使える。三人とも目を合わせてうなずいた。
音を立てないように近づいて、咆哮一閃、虎は雑魚を槍で蹴散らす。
俺はボンボンを羽交い絞めにし、佐吉が通る声でいい放った。
「それがしらはただの旅人であり、北畠卿のご迷惑をおかけするしょぞんにはございません。
ただ無事に領内のつうこうを認めていただければ、幸いでござる。
しかし、それがお認めにならぬのならば、御子息のお命をお預かり申し上げる!」
人質を捕られたせいで、誰も近づかなくなった。このまま街道に出て、領国の外へでるぞ。

元亀四年 二月十二日 佐吉

 あの筋肉男のばか息子を人質にとったあと、街道を西にすすんだ。
とうぜん、人質がついているので歩みは遅い。知らせを受けた筋肉男もやってきた。
「う、うぬらはなんということをしているのじゃ!?」
「ち、父上、たすけてくだされ」
「たわけめ!わしに恥をかかせおって」
こうしてお互いにらみ合いながら、日が暮れるまで歩き続けた。
夕刻、橋の上でおでぶを自由にする。その隙に、ぼくたちは一目散に逃げ出した。
とにかく、追っ手が来るのが怖かったので、必死になって走った。
山林にあった廃寺で、みんな倒れこむように休んだ。

元亀四年 二月十二日 大谷紀ノ介

 今日は都にある先生の医院ではなく、嵐山の奥にある先生の庵まで同行する。
庵の裏の畑には、薬草が栽培されて、色取りの鮮やかな葉っぱやら、おいしそうな香りのする根っこなんかを収穫した。
お昼には、サトイモをふかして二人で食べた。
「先生はお弟子さんをとらないんですか?」
食べながら、ふだん疑問に思っていたことを口にしてみた。
病院はいつも患者がやってくるのに、先生は全部一人でやってしまう。
たしかに、慣れた手つきで手際は良いんだけど、お手伝いがいれば助かるだろうな、と思った。
「悪評の私のところに転がり込む物好きはいないよ」
イモを飲み込みながら先生は言った。
「それに、医術の仕事は安いぞ。職人の弟子にでもしてもらった方がいいんじゃないか?」
そんなものなのかな。
「よし、続きをやろうか、キノコ」
えっ?キノコ?

元亀四年 二月一三日 大谷紀ノ介

 今日の先生は、めずらしく感情を表して憤慨していた。
「ちくしょう、ちくしょう!またしても、やつに殺されてしまった」
そう言ってたのは、どこかの患者さんの御家来の方と話していた時のことだった。
先生のいうやつって、いったいどういう人なんだろうか。

元亀四年 二月十四日 佐吉

 大和郡山についた。ここの名物はくずきりらしい。
そういえば、お昼にくずきり食べた後、おつうじがよくなってる気がする。
城に入って、筒井様に会うことができた。
「詳細はわかった。なかみについては、こちらで手配しよう。
 松永殿の件は、いま、それがしの手のものが調べまわっている。
 そのものが戻ってくるまで、城でゆるりと過ごされるのがよかろう」
これからは、食事にくずを使った料理が必ず出てくるんだって。
やったね。

元亀四年 二月十五日 杉谷善住坊

 伊賀の砦で増田と捕まっている。やつらの口ぶりからすると、ここは一向宗の砦のようだ。
こんな人目のつかない山奥に建ってあるのに、人の出入りが多い。
こいつらは一向宗の忍びの者で、諜報をつかさどっているらしい。
で、いまわしらは、家畜の世話をしている。都合の良い奴婢だな。
今日も糞尿にまみれた体を洗い流し、牛舎の脇で横になる。
「ハァ、はやいとこ、佐吉と結合……ではなく合流せんといかんのにのう」
「とはいえ、もし脱走がばれでもしたら、磔にされちまうぞ」
それっきり増田はなにもしゃべらなくなった。わしも疲れて寝た。
翌日、増田がいなくなった。

元亀四年 二月十六日 杉谷善住坊

 簀巻きにされて柱に縛りつけられ、拙僧は磔にされる。
あの目が陰気の男がまた現れ、磔の作業を監視している。
「お前の相棒も不甲斐ない男だ。自分ひとりで逃げ出し、お前を磔にさせようとしている」
「増田はそのような男ではない」
「フン、強がりを言いおって。ここの監視から逃れたのは褒められるが、所詮、その程度の器の男よ」
このあとも嫌味を散々言われたが、意地になって言い返してやった。
そして、日中になり、いよいよ処刑の時刻となった。
覚悟を決め、念仏を唱えた。
その時、
「むぁてえぇぇぇぇい!!!」
錆びた鎧兜に身を包み、先っぽの欠けた太刀を担いだ増田が現れた。
しかも、家畜小屋の牛をすべて放ち、尾には火をつけている。
数十頭もの牛が暴れまわったおかげで、陣内は大混乱だ。
増田がこっちに来て、ひもを切ってくれた。
「すまない。俺は駄目な男だ。自分だけ良かれと思って、お前を置いて逃げ出してしまった。俺を殴ってくれ」
言われるとおり、殴ってやった。
「それがしこそ申し訳ない。心の中ではお前を疑って、恨んでしまった。俺を殴ってくれ」
そういわれて殴られた。ほほがジンジンする。その後、二人で抱き合って泣きあった。
「友の情け、久しく忘れていた感情だ」
あの砦の長まで涙を流している。
「思い出したよ。私も一生をかけて尽したいと思った人がいたことを。今日はいいものを見せてもらった」
怒号と悲鳴が入り混じる中、三人で抱き合った。

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